無痛性甲状腺炎について
無痛性甲状腺炎について、はじめに知っておいていただきたい点は次の3つです。
- 痛みがないまま甲状腺がこわれ、たくわえられていた甲状腺ホルモンが一時的にもれ出す病気です
- ホルモンが多い時期に気づかれないまま過ぎ、あとから来る「足りない時期」で見つかる方もおられます
- 多くは自然に回復します。甲状腺の働きを抑える薬(抗甲状腺薬)は、原則として使いません
無痛性甲状腺炎とは
無痛性甲状腺炎は、日本甲状腺学会の診断ガイドラインで「無痛性の破壊性甲状腺炎による甲状腺中毒症」と定義されています。痛みをともなわずに甲状腺がこわれ、その結果として甲状腺ホルモンが多くなる状態ということです。甲状腺ホルモンが多くなった状態を、まとめて甲状腺中毒症(こうじょうせんちゅうどくしょう)と言います。
「破壊性甲状腺炎」とは、甲状腺が新しくホルモンをつくりすぎているのではなく、甲状腺がこわれて、中にたくわえられていたホルモンがもれ出している状態を指します。もれ出せる量には限りがありますので、この状態は長くは続きません。ホルモンが多くなる仕組みの全体像は甲状腺機能亢進症のページで説明しています。
同じように甲状腺がこわれる病気でも、痛みをともなうものは亜急性甲状腺炎と言います。痛みの有無が、この2つを分ける入口になります。
どんなときに起こるのか
診断ガイドラインには、「慢性甲状腺炎(橋本病)や寛解バセドウ病の経過中に発症する」「出産後数ヶ月でしばしば発症する」と記されています。
- 橋本病(慢性甲状腺炎)をお持ちの方。もともと甲状腺に免疫の反応が起きている状態が背景になります
- 寛解(かんかい)しているバセドウ病の経過中。日本内分泌学会も、この病気はバセドウ病がよくなっている方にもみられることがあると説明しています。この場合、バセドウ病の再発なのか、無痛性甲状腺炎なのか、あるいは薬をやめたあとに一時的に起こる変化なのかを見分けることが大切になります。薬をやめたあとの経過についてはバセドウ病の薬をやめる目安と中止後の経過で説明しています
- 出産のあと。数か月してから起こることが知られています
このほか、強いストレスをきっかけに起こる場合もあると考えられています。いつ起こるかをあらかじめ言い当てることはできません。
お薬の治療中に起こることもあります。米国甲状腺学会(ATA)の2016年の診療ガイドラインは、無痛性甲状腺炎や、同じように甲状腺がこわれてホルモンがもれ出す状態を起こしうる薬として、リチウム(気分の波を抑える薬)、インターフェロンα・インターロイキン2(免疫にはたらく薬)、チロシンキナーゼ阻害薬(一部のがんの薬)、アミオダロン(不整脈の薬)を挙げています。このほか、免疫チェックポイント阻害薬(一部のがんの薬)でも、同じように甲状腺の炎症が起こることが知られています。
いずれも、必要があって使われているお薬です。ご自身の判断で中止したり量を変えたりせず、処方を受けている医療機関にご相談ください。甲状腺の値の変化にどう対応するかは、もとの病気の治療とあわせて判断されます。
気づかれ方が2通りあります
この病気には、気づかれ方に2つの道すじがあります。ここを知っておいていただくと、ご自分の経過が理解しやすくなります。
1. ホルモンが多い時期の症状で気づく
心臓がどきどきする、汗をたくさんかく、手がふるえる、体重が減る、暑がりになる、といった症状です。健康診断で甲状腺の数値を指摘された方のように、別の目的で受けた血液検査で分かる方もおられます。
2. あとから来る「足りない時期」で気づく
診断ガイドラインには、「急性期の甲状腺中毒症が見逃され、その後一過性の甲状腺機能低下症で気付かれることがある」と記されています。つまりホルモンが多かった時期に気づかれないまま過ぎ、そのあとに足りなくなった時期の症状で見つかるという道すじです。
同じガイドラインは「甲状腺中毒症状は軽度の場合が多い」とも記しています。動悸がはっきり出ない方もおられるため、この道すじをたどる方がいます。
足りない時期の症状は、体がだるい、寒がりになる、眠たい感じが続く、体重が増える、気分が晴れないといったもので、疲れや年齢のせいと受け取られやすいものばかりです。動悸がなかったからこの病気ではない、とは言えません。
もっとも、だるさや眠気の原因の多くは甲状腺以外にあります。気になるときはだるい・疲れやすいのは甲状腺?もご覧ください。
経過 ── ホルモンが多い時期と少ない時期
診断ガイドラインには「通常は約3ヶ月以内に甲状腺中毒症は自然に改善する」と記されています。そのあとの経過には、いくつかの型があります。
- ホルモンが多い時期だけで回復する方
- 多い時期のあとに、ホルモンが足りない時期を経て回復する方。こわれた甲状腺が回復するまでの間、一時的に不足します
- 多い時期に気づかれず、足りない時期になってから見つかる方
- 少数ですが、ホルモンが足りない状態が続く方
全員が同じ順序をたどるわけではありません。
ガイドラインは「回復期に甲状腺機能低下症になることが多く、少数は永続性の甲状腺機能低下症になる」としています。足りない時期があること自体は、経過として想定されるものです。多くの方はそのまま元に戻ります。
一方で、こわれた甲状腺が元に戻らず、甲状腺ホルモン剤を飲み続けていただく方もおられます。甲状腺ホルモン剤は不足しているものを補う薬で、量が適切に調整されていれば、多くの方は1日1回の内服で普段どおりの生活を送っていただけます。甲状腺ホルモンが足りない状態そのものについては甲状腺機能低下症にまとめています。
ですから、ホルモンが多い時期が過ぎたあとも、しばらくは検査を続けることが大切です。足りない時期の変化は自覚しにくく、検査をしなければ分かりません。
バセドウ病との見分け
血液検査で甲状腺ホルモンが高いという結果だけでは、バセドウ病と区別がつきません。症状も似ています。しかし治療の考え方はまったく違いますので、見分けることが大切になります。
この病気を見分けるうえで、時間とともに自然に落ち着くという経過は重要な手がかりの一つです。診断ガイドラインの臨床所見は「甲状腺痛を伴わない甲状腺中毒症」と「甲状腺中毒症の自然改善」の2つで、自然によくなっていくという経過が、診断の根拠に含まれています。そのため、時間をおいて検査を繰り返し、変化を確かめることに意味があります。
このほか、バセドウ病の原因となる抗体(TRAb)、超音波検査(エコー)で見る甲状腺の中の血液の流れ、放射性ヨウ素またはテクネチウムを用いた検査が手がかりになります。ただし、抗体の結果だけで決めることはしません。ガイドラインには無痛性甲状腺炎でも「抗TSH受容体抗体(TRAb)陽性例が稀にある」と記されています。
見分け方の全体像は甲状腺機能亢進症のページにまとめています。当院では血液検査と超音波検査までを行い、さらに詳しい検査が必要と判断される場合は、甲状腺疾患の専門病院である隈病院をご紹介しています。
なお、すでに甲状腺の薬を飲んでいる方については、この見分けを主治医が経過とあわせて判断しています。自己判断で薬を減らしたり中止したりせず、気になる点は処方を受けている医療機関にご相談ください。
出産のあとに起こったとき(産後甲状腺炎)
出産のあとに起こった無痛性甲状腺炎を産後甲状腺炎と言います。診断ガイドラインにも「出産後数ヶ月でしばしば発症する」と記されており、珍しいものではありません。
この時期は、睡眠が細切れになり、疲れやすく、気分の変動も起こりやすい時期です。そのため、動悸やだるさが育児による疲れと受け取られ、甲状腺の変化が見過ごされることがあります。産後甲状腺炎でも、ホルモンが多い時期だけの方、足りない時期になってから気づかれる方、その両方を経る方がおられます。
検査の受け方には、この時期ならではの注意があります。バセドウ病との見分けに使う放射性ヨウ素またはテクネチウムを用いた検査は、妊娠中・授乳中の方では適否や時期の考え方が変わります。そのため産後には、血液検査と超音波検査、そして時間をおいた変化を組み合わせて判断していくことが多くなります。
動悸がつらいときには、授乳中でも使える、脈をゆっくりにする薬(β遮断薬)があります。米国甲状腺学会(ATA)の2026年の指針でも、症状のある方には有効な最小量で使うことがすすめられています。授乳中に使える薬を選ぶことができますので、動悸の治療だけを理由に授乳をやめていただく必要は通常ありません。どの薬をどれだけ使うかは、診察のうえで決めます。
妊娠中・妊娠を考えている時期の甲状腺については妊娠と甲状腺の病気のページにまとめています。
治療
ホルモンが多い時期に、甲状腺の働きを抑える薬(抗甲状腺薬)は、原則として使いません。抗甲状腺薬は、甲状腺が新しくホルモンをつくる働きを抑える薬です。この病気では、すでにたくわえられていたホルモンがもれ出していますので、原因には作用しません。米国甲状腺学会(ATA)の2026年の指針にも、こわれてホルモンが出ている状態には抗甲状腺薬の適応がないと記されています。
動悸がつらいときには、脈をゆっくりにする薬(β遮断薬)を使って、症状の強い時期を乗り切ります。
ホルモンが足りない時期には、甲状腺ホルモン剤で補うことがあります。米国甲状腺学会(ATA)の2026年の指針は、産後甲状腺炎について、低下症の症状がある方、授乳中の方、6か月以内に次の妊娠を考えている方には補充を検討するとしています。授乳中であることだけで決めるのではなく、症状の強さ、甲状腺の働きの下がり方、自己抗体、次の妊娠の予定などとあわせて判断します。またこの補充は一時的なことが多く、次の妊娠を近く考えていない方については、6〜12か月をめどに減量・中止を検討するという考え方が示されています。回復すれば薬を終えられる方が多いということです。
どの時期にあるかによって必要な対応が変わりますので、症状と検査の値を見ながら決めていきます。
くり返すことについて
この病気は、同じ方にくり返して起こることがあります。日本内分泌学会は、この病気について「出産後にもおこりやすく、何度か繰り返すことも少なくありません」と説明しています。診断ガイドラインには、この病気に自己免疫のしくみが関係していることが示唆されている、と記されています。
とくに産後甲状腺炎については、米国甲状腺学会(ATA)の2026年の指針が「産後甲状腺炎の既往がある方は、次の妊娠のあとに再びかかる可能性が70%と報告されている」としています。これは海外の1つの報告に基づく数字で、日本人を対象に確かめられたものではありません。それでも、次のお子さんを考えておられる場合には、あらかじめ知っておいていただきたい点です。再び起こったときには、そのときの症状と甲状腺の働きを確かめて、経過に応じて対応します。
また同じ指針は、産後甲状腺炎について、足りない時期がいったん回復した方のうち10〜50%が、長い経過のなかで甲状腺の働きが低いまま戻らない状態になると報告されていることも紹介しています。幅が広いのは、調べた集団や追いかけた期間が研究によって異なるためです。
この「少数は永続性」と「10〜50%」は、見ている時期が違います。この病気のあと、そのまま働きが戻らない方は少数です。一方、いったん戻ったあとに年単位で追いかけると、後になって働きが下がってくる方が一定の割合でおられる、という報告です。
だからこそ、治ったあとにも折を見て検査を受けていただくことに意味があります。米国甲状腺学会(ATA)の2026年の指針も、産後甲状腺炎のあとに甲状腺の値が正常に戻った方について、1年後、または低下症の症状が出たときに再び検査を行うことをすすめています。
産後甲状腺炎が起こること、またくり返すことを確実に防ぐ方法は、いまのところ確立していません。同じ指針は、甲状腺の自己抗体が陽性の妊婦さんに、産後甲状腺炎の予防を目的として甲状腺ホルモン剤を用いることをすすめていません。また甲状腺の働きが正常で自己抗体が陽性の妊婦さんに、予防のためにセレンを一律に補うこともすすめていません。できるのは、症状が出たときに甲状腺の変化かもしれないと考えて検査を受けること、そして橋本病など背景にある状態を把握しておくことです。
受診と検査について
当院では甲状腺ホルモン(FT4・FT3)と甲状腺刺激ホルモン(TSH)、甲状腺の自己抗体を院内で測定しており、採血後約1時間で結果をご説明します。この病気は時間をおいた変化を見ることに意味がありますので、結果を聞くためだけに再度ご来院いただく必要がないことは、経過を追ううえで負担が少ない点だと考えています。それぞれの検査で何を調べているのかは甲状腺の検査案内にまとめています。
次のような場合は、一度ご相談ください。
- 動悸や汗、体重の減少が続いている
- 出産のあと、数か月してから体調の変化が続いている
- だるさや眠気、寒がりが続いている
- 健診や他の検査で甲状腺の数値を指摘された
どの科を受診すればよいか迷われたときは甲状腺の不調は何科?を、受付時間や持ち物などは受診案内をご覧ください。
よくあるご質問
治療をしなくて本当に大丈夫ですか
ホルモンが多い時期については、自然に回復するのを待つことが標準的な対応です。何もしないのではなく、症状に応じて脈をゆっくりにする薬を使い、検査で経過を確かめていきます。足りない時期に症状が強ければ、そこでホルモン剤を使います。
どのくらいの間隔で受診すればよいですか
時期によって変わります。ホルモンの値が動いている間は短い間隔で確かめ、落ち着いてくれば間隔をあけます。足りない時期を見逃さないために、症状が軽くなったあとも一定期間は検査を続けていただきます。
授乳中ですが、検査や薬は受けられますか
血液検査と超音波検査は、授乳中でも受けていただけます。放射性ヨウ素またはテクネチウムを用いる検査は、授乳中の方では適否や時期の考え方が変わりますので、ほかの検査と経過を組み合わせて判断できることがほとんどです。動悸に対しては授乳中でも使える薬があります。
橋本病があると、必ず無痛性甲状腺炎になりますか
なりません。橋本病は無痛性甲状腺炎が起こる背景の一つですが、橋本病があっても必ず起こるわけではありません。いつ起こるかをあらかじめ言い当てることもできません。
バセドウ病と言われていたのに、違うと言われました
血液検査の値だけでは区別がつきにくく、経過を見て判断が変わることがあります。無痛性甲状腺炎では時間とともに自然に落ち着くという特徴があり、その経過そのものが見分けの手がかりになります。すでにお薬が始まっている場合は、自己判断で中止せず、処方を受けている医療機関にご相談ください。
出典
- 甲状腺疾患診断ガイドライン2024.一般社団法人日本甲状腺学会(無痛性甲状腺炎の診断ガイドライン、バセドウ病の診断ガイドライン)
- 甲状腺中毒症.一般社団法人日本内分泌学会「一般の皆様へ」(無痛性甲状腺炎の項)
- Ross DS, Burch HB, Cooper DS, et al. 2016 American Thyroid Association guidelines for diagnosis and management of hyperthyroidism and other causes of thyrotoxicosis. Thyroid. 2016;26(10):1343-1421.(無痛性甲状腺炎および薬剤による甲状腺中毒症の項)
- Korevaar TIM, Leung AM, Alexander EK, et al. American Thyroid Association 2026 Guidelines for Thyroid Disease in Preconception, Pregnancy, and Postpartum. Thyroid. 2026;36(5):481-544.(産後甲状腺炎の項)
- Iyer PC, Cabanillas ME, Waguespack SG, et al. Immune-related thyroiditis with immune checkpoint inhibitors. Thyroid. 2018;28(10):1243-1251.
- Yamauchi I, Sakane Y, Fukuda Y, et al. Clinical features of nivolumab-induced thyroiditis: a case series study. Thyroid. 2017;27(7):894-901.
