妊娠と甲状腺疾患(バセドウ病・橋本病)
甲状腺の病気と妊娠について、はじめに知っておいていただきたい点は次の3つです。
- 甲状腺の病気があっても、多くの方が妊娠・出産をされています。大切なのは、妊娠前から甲状腺の状態を把握しておくことです
- 妊娠すると、甲状腺の見方が変わります。妊娠していないときの基準範囲だけで、異常かどうかを判断することはできません
- 「TSHを2.5以下に」という数値をよく目にしますが、これは甲状腺ホルモン剤(レボチロキシン)を飲んでいて妊娠を計画している方に向けた治療目標です。治療を始めるかどうかを一律に決める基準ではありません
妊娠中の甲状腺管理について
妊娠中は甲状腺機能が母体と胎児の両方に影響します。バセドウ病・橋本病などの甲状腺疾患をお持ちの方は、妊娠前から主治医に相談し、甲状腺機能を正常に保っておくことが重要です。当クリニックでは、妊娠を希望される方・妊娠中の方の甲状腺管理を行っています。
妊娠すると、甲状腺の見方が変わります
妊娠すると、体は甲状腺ホルモンをより多く必要とするようになります。赤ちゃん自身の甲状腺がはたらき始めるまでの時期は、お母さんの甲状腺ホルモンが赤ちゃんの発育に関わるためです。
また、妊娠の初期には、妊娠に伴うホルモン(hCG)のはたらきによってTSHが生理的に低くなることがあります。このTSHの低下自体は、妊娠に伴う自然な変化としてみられるものです。検査が誤っているのではなく、その時点の状態を正しく映しています。検査の値と症状・経過が合わないときの考え方は甲状腺の検査値と症状・経過が合わないときで説明しています。
hCGには甲状腺を刺激するはたらきがあるため、妊娠初期に一時的に甲状腺ホルモンが多くなり、動悸や吐き気といった症状が出る方もいます。つわりが強い時期と重なることが多く、多くは妊娠の中期までに自然に落ち着きます。この状態と、バセドウ病によって甲状腺ホルモンが多くなっている状態とでは、その後の対応が変わります。自己抗体や甲状腺の腫れの有無、経過とあわせて見分けます。甲状腺ホルモンが多くなる状態の全体像は甲状腺機能亢進症のページで説明しています。
この2つがあるため、妊娠していない方の基準範囲をそのまま当てはめて、異常かどうかを判断することはできません。受診の際は、妊娠週数もあわせてお知らせください。健診や不妊治療の検査で数値を指摘された方は、健診でTSHの異常を指摘された方へもご覧ください。
「TSH 2.5」という数値について
妊娠と甲状腺について調べていると、「TSHを2.5以下にする」という数値をよく目にされると思います。この数値は、どういう立場の人に向けたものかによって意味がまったく違います。ここが最も誤解されやすいところです。
1. 治療の目標としての2.5
米国甲状腺学会(ATA)は、すでに甲状腺ホルモン剤(レボチロキシン)を飲んでいて妊娠を計画している方について、TSH 0.5〜2.5 mU/L を妥当な治療目標としています。これはすでに治療を受けている人の、薬の量を決めるための目安です。
2. 異常かどうかを見分けるときの目安としての4.0
一方、妊娠中のTSHは、本来は施設ごと・検査法ごと・妊娠の時期ごとの基準範囲と照らして評価します。そうした基準範囲がない場合、ATAは妊娠初期の基準範囲を 0.1〜4.0 mU/L とするのが妥当としています。日本甲状腺学会の「潜在性甲状腺機能異常症の診断と治療の手引き(妊娠編)」でも、潜在性甲状腺機能低下症はTSHが検査キットの非妊娠時の上限(おおむね4)を超え、FT4が正常な場合と定義されています。4.0も、それだけで治療を始めるかどうかを決める数値ではありません。
なお、ここで扱っているのは、FT4が正常な範囲にとどまっている場合です。TSHが高いだけでなくFT4も下がっている場合は、顕性(けんせい)甲状腺機能低下症として、正常高値TSHや潜在性甲状腺機能低下症とは分けて評価し、治療を検討します。
3. その間(2.5〜およそ4.0)は「正常高値TSH」と言います
日本の手引きは、TSHが2.5からおおむね4.0の間にあってFT4が正常な状態を「正常高値TSH」という、この手引きが定義した区分で整理しています。これは病気の名前ではありません。
妊娠前について
この範囲の方に妊娠前から甲状腺ホルモン剤を補充することについて、手引きは「正常高値TSHの症例に対する妊娠前からのレボチロキシン補充療法は、生産率、流産率、妊娠率を改善させない」としています。ATAも、不妊治療を受けている方や流産をくり返している方のうち、甲状腺の機能が正常で抗TPO抗体が陽性の方について、妊娠前のレボチロキシン投与は妊娠のしやすさや妊娠の経過を改善しなかったと述べています。
妊娠中について
手引きの総括は、「現時点では、TSHが2.5-4.0 mIU/Lの妊婦に対する治療の有益性について明確な結論は出ていないが、個々の症例に応じた慎重な判断が求められる」としています。
2.5は甲状腺ホルモン剤を飲んでいて妊娠を計画している方の治療目標であって、2.5を超えたら治療が必要という意味ではありません。ご自身の数値がどの位置にあり、それが何を意味するのかは、妊娠の週数、FT4の値、自己抗体、これまでの経過、不妊治療や流産の既往とあわせて考えます。数値だけで決まるものではありません。
なお、日本の手引きは、妊娠初期に潜在性甲状腺機能低下症または正常高値TSHがあり、流産・死産をくり返している方については、補充療法が生産率(赤ちゃんが生まれる割合)や流産率を改善させる可能性があるとしています。また、妊娠初期の潜在性甲状腺機能低下症に対する補充療法は早産率を減らす可能性があるとされる一方、正常高値TSHに対しては早産率を改善させないとされています。妊娠初期の潜在性甲状腺機能低下症に対する補充療法を行っても、生まれたお子さんの知的発達(IQ)は変わらなかったと報告されています。
この手引きは、妊娠初期にTSHが基準範囲の中でも高めのとき、甲状腺自己抗体が陽性であれば流産のリスクが高くなることも示しています。抗体が陽性と言われたときの考え方はTPO抗体・サイログロブリン抗体を指摘されたらにまとめています。
妊娠を考えている時期に
妊娠を考え始めた段階でまず確かめたいのは、甲状腺の病気で通院しているか、過去に指摘されたことがあるかです。すでに甲状腺の薬を飲んでいる方は、妊娠を考え始めた時点で担当の医師にお伝えください。薬の種類や量を見直す時期があるためです。
では、これまで甲状腺を指摘されたことがない方も、妊娠前に検査を受けたほうがよいのでしょうか。米国甲状腺学会(ATA)は2026年のガイドラインで、妊娠を計画している方・妊娠中の方・産後の方のいずれについても、全員に一律の検査を行うことをすすめる根拠は十分ではないとしています。そのうえで妊娠中については、リスクとなる要因があるかどうかで検査の必要性を判断することをすすめています。甲状腺の病気の既往や家族歴、首の腫れ、不妊治療を受けている、流産をくり返している、といった事情がある場合です。日本では妊婦健診で甲状腺の検査が行われる場合もあり、受けている検査の範囲は施設によって異なります。
不妊治療を受けている方や、流産をくり返している方については、ATAは妊娠前に甲状腺機能の検査をまだ受けていなければ受けることをすすめています。当院でも、こうした事情をお持ちの方はご相談ください。
妊活・不妊治療の時期については妊活・不妊治療と甲状腺にくわしくまとめています。年代ごとの関わり方は年代・ライフステージ別にみる甲状腺の病気の「妊娠を考えている時期・不妊治療」もご覧ください。
バセドウ病と妊娠
バセドウ病の治療中であっても妊娠することができます。ただし注意が必要です。妊娠するときは、甲状腺機能が正常であることが重要になってきます。また、チアマゾール(商品名:メルカゾール)にはごくわずかですが、催奇形性が報告されていますので妊娠5週0日から9週6日までは避ける必要があります。妊娠前から主治医に相談しておくことが望ましいでしょう。バセドウ病の病勢は、妊娠中には軽くなりますが、出産後は悪化することが多いため、悪化に備えておくことが必要です。母乳を与えることに関しては薬の種類や量によってできないこともありますので主治医と相談してください。
メルカゾールを飲んでいる場合、妊娠が判明したときの対応は「バセドウ病治療ガイドライン2019」に示されており、その使い方は事前に患者と担当医の間で確認しておく必要がある、ともされています。あらかじめ、妊娠がわかったときにどうするかを主治医と決めておくことが大切です。中止や変更の具体的な考え方はバセドウ病のページ、甲状腺ホルモンが多い状態の全体像は甲状腺機能亢進症のページで説明しています。
また、バセドウ病の方が妊娠された場合、「バセドウ病治療ガイドライン2019」では、初診時にTRAb(TSH受容体抗体)を測定し、陽性であれば妊娠18〜22週に再検し、さらに陽性であれば妊娠後期に再検するとされています。TRAbは抗体であるため、妊娠の後半には胎盤を通って赤ちゃんに移り、赤ちゃんの甲状腺に影響する場合があるためです。TRAbという検査そのものについてはTRAbとはで説明しています。
橋本病と妊娠
妊娠時には甲状腺機能が正常であることが重要です。最近はブライダルチェックや不妊治療開始時の検査によって軽度の甲状腺機能異常(潜在性甲状腺機能低下症)の発見が増えています。妊娠していなければ治療の必要がないことがほとんどですが、妊娠を考えている場合には、TSHの値やこれまでの経過をふまえて、甲状腺ホルモン剤による補充が必要かどうかを検討します。
すでに甲状腺ホルモン剤を服用している方は、妊娠に伴って必要な量が増えることが多く、量の調整が要ります。妊娠がわかったら、自己判断で量を変えずにご相談ください。橋本病そのものについては橋本病(慢性甲状腺炎)のページで説明しています。
出産のあとに
出産のあとは、甲状腺の状態が動きやすい時期です。おもに次の2つがあります。
バセドウ病の悪化
バセドウ病は妊娠中に軽くなり、出産後に悪化することが多いと知られています。産後は受診の間隔があきがちですが、あらかじめ産後の受診の予定を決めておくと安心です。
産後甲状腺炎
出産後の数か月のうちに、甲状腺に炎症が起こって甲状腺ホルモンが血液中にもれ出し、動悸やだるさが出ることがあります。これは無痛性甲状腺炎(むつうせいこうじょうせんえん)が産後に起こったもので、産後甲状腺炎と言います。多くは自然に回復に向かいますが、ホルモンが多い時期のあとに、しばらくして足りない時期を経る方もいます。はじめから足りない状態で気づかれる方もいます。そのまま甲状腺ホルモンが足りない状態が続く方もいます。産後の疲れや育児の疲れと区別がつきにくいのが難しいところです。くわしくは無痛性甲状腺炎のページをご覧ください。
米国甲状腺学会(ATA)は、産後甲状腺炎になったことがある方について、甲状腺の機能が正常に戻ったあと1年たったとき、または甲状腺の機能が下がったときの症状が出たときに甲状腺機能の検査を受けることをすすめています。また、次の妊娠のあとにくり返しやすいことが知られています。
授乳について
薬の種類と量によって考え方が変わります。「バセドウ病治療ガイドライン2019」では、抗甲状腺薬は一定の量までであれば、授乳を続けながら内服できるとされています。一方、授乳中に治療量の無機ヨウ素薬を使うことは、赤ちゃんの甲状腺の働きが下がる可能性があるため、できるだけ避けることがすすめられています。自己判断で中止したり量を変えたりせず、担当の医師にご相談ください。
日本ではヨウ素の事情が違います
インターネットで妊娠と甲状腺について調べると、海外の情報も多く出てきます。ただし、ヨウ素については海外の情報をそのまま当てはめることができません。
海外向けの推奨は、ヨウ素が不足しやすい地域にお住まいの方や、食事の制限などでヨウ素をとりにくい方を想定したものです。そうした場合について、妊娠を計画する段階からヨウ素のサプリメントをとるという推奨が書かれていることがあります。一方、日本は昆布やわかめなどの海藻をよく食べるため、ヨウ素の摂取量が多い国です。日本では、不足よりもむしろ摂りすぎのほうが問題になる場面があります。
この点について、日本甲状腺学会の「潜在性甲状腺機能異常症の診断と治療の手引き(妊娠編)」は、「日本ではヨウ素摂取量が多いことが甲状腺機能に影響を及ぼすため、海外の基準をそのまま適用するのではなく、国内のデータに基づいた適切な診療方針を策定することが求められる」と述べています。
妊娠中のヨウ素の摂り方について不安がある場合は、自己判断でサプリメントを始めたり、海藻を極端に避けたりせず、ご相談ください。ヨウ素そのものの摂り方、制限が要る場面と要らない場面はヨウ素と甲状腺|制限が要る人、要らない人にまとめています。
検査と受診について
妊娠に関連して調べるのは、基本的にTSHとFT4です。状況に応じて、FT3や甲状腺の自己抗体、超音波検査(エコー)を組み合わせます。当院では甲状腺ホルモンと甲状腺自己抗体を院内で測定しており、採血後約1時間で結果をご説明します。放射性ヨウ素やテクネチウムなどの放射性医薬品を用いる検査は、妊娠中・授乳中の方、妊娠の可能性がある方では、適否や検査の時期の考え方が変わります。該当する方は、検査の前に医療機関へお伝えください。検査そのものの内容は甲状腺の検査案内にまとめています。
受診の際は、妊娠週数、これまでの甲状腺の検査結果、飲んでいるお薬、不妊治療を受けているかどうかをお知らせください。以前の結果票があればお持ちください。
どの科を受診すればよいか迷われる場合は甲状腺の不調は何科?を、初診の流れとお持ちいただくものは受診案内をご覧ください。当院は完全予約制です。ご予約はお電話(0798-66-2233)で承っています。
年代や状況ごとの見取り図は年代・ライフステージ別にみる甲状腺の病気の「妊娠中と産後」にまとめています。
よくあるご質問
甲状腺の病気があると妊娠しにくいのですか
甲状腺ホルモンが適切に保たれていれば、多くの方が妊娠・出産をされています。バセドウ病でも橋本病でも同じです。大切なのは、妊娠前から状態を把握しておくことです。
「TSHが2.6でした」と言われました。治療が必要ですか
その数値だけでは決まりません。妊娠前か妊娠中か、甲状腺ホルモン剤を飲んでいるかによって、数値の位置づけが変わります。2.5という数値は、甲状腺ホルモン剤を飲んでいて妊娠を計画している方の治療目標であって、治療を始めるかどうかを一律に決める基準ではありません。日本甲状腺学会の手引きは、TSHが2.5から4.0程度の妊婦さんへの治療の有益性について、明確な結論は出ていないとしています。FT4、自己抗体、妊娠の週数、これまでの経過、不妊治療や流産の既往とあわせて考えます。
妊娠が分かりました。飲んでいる甲状腺の薬はやめたほうがよいですか
薬の種類によって対応が異なります。甲状腺ホルモン剤(チラーヂンSなど)は、自己判断で中止しないでください。妊娠に伴って必要な量が増えることが多く、量の調整が要ります。一方、バセドウ病でメルカゾールを飲んでいる場合は、「バセドウ病治療ガイドライン2019」で、妊娠初期であれば速やかに中止し、状態に応じて休薬または別の薬に変更するとされています。日本甲状腺学会の一般向けの案内でも、服用をやめて、すぐに担当医に相談することとされています。あらかじめ、妊娠が分かったときの対応を主治医と決めておくことが大切です。くわしくはバセドウ病のページをご覧ください。
妊娠中にエコーを受けても大丈夫ですか
超音波検査(エコー)は放射線を使わないため、妊娠中でも受けていただけます。エコーで何を見ているのかは甲状腺の超音波検査(エコー)で見ているもので説明しています。
妊娠を考えていますが、甲状腺を指摘されたことはありません。検査を受けるべきですか
米国甲状腺学会(ATA)は、妊娠を計画している方・妊娠中の方・産後の方のいずれについても、全員に甲状腺機能の検査を行うことをすすめる根拠は十分ではないとしています。一方で、甲状腺の病気の既往や家族歴、首の腫れ、不妊治療を受けている、流産をくり返しているといった事情がある場合には、検査を受ける意味があります。受けている検査の範囲は施設によって異なりますので、すでに検査を受けている場合はその結果をお持ちください。
ヨウ素のサプリメントを飲んだほうがよいですか
日本は海藻からヨウ素をとる機会が多く、海外向けの推奨をそのまま当てはめることはできません。自己判断で始めず、ご相談ください。
産後にひどく疲れます。育児疲れでしょうか
産後は産後甲状腺炎が起こる時期でもあり、育児の疲れと区別がつきにくいことがあります。動悸や体重の変化をともなう場合や、疲れが長く続く場合には、甲状腺の検査を受ける意味があります。
出典
- 日本甲状腺学会臨床重要課題「潜在性甲状腺機能異常症の診断と治療の手引き(妊娠編)」(2025年5月27日)
- 日本甲状腺学会「バセドウ病治療ガイドライン2019」(南江堂)
- Korevaar TIM, Leung AM, et al. American Thyroid Association 2026 Guidelines for Thyroid Disease in Preconception, Pregnancy, and Postpartum. Thyroid. 2026;36(5):481-544.
